ピアノをさわりたいと言われても |
どこか別のホールの舞台に頼んでみるか、この大物ピアニストのためなら融通を効かせてくれるかもしれない。請求がきても仕方ないだろう。それとも個人のピアノの先生に頼んでみたらどうだ?だれかお願いできる先生はいないか?外国人の大物ピアニストが見ている手前、言葉もなくて立ち往生、ではさまにならぬ。とにかくテレフォンカードを公衆電話に突っ込んで、ピアノの練習場をいま手配中、みたいな笑顔を見せて、それらしき格好をつけなきゃならぬ。ファイロファクスの住所録から楽器店の番号を探す。ああ、あそこ。弦楽器の専門店だけど、あそこにはローソクを立てられる猫足のアップライトがあったはずだ。電話をかける。幸い「いいよ」と言ってくれる社長だった。
ああ、それなのに、外国人は「少し部屋で休んで夕刻にホールの舞台で弾くからもう出かけるのはやめる」と言い出した。たぶんこちらに気遣ってくれたのだろう。でもなあ、夕刻なら調律の真最中だぜ?あとでホールの舞台へまわって調律さんに声をかけるしか仕方ないかあ。開場してからの舞台調律なんて嫌がるだろうなあ。ロビーで外国人をエレベーターに乗せてから事務所に電話を入れた。どこで油を売ってるんや、早よ帰ってこい。もうやってられんわ、そう言って横を見たら、家内がすやすやと眠っている。まだ夜明けまでに数時間あるようだ。