2018年 10月 08日
しのぶることの よわりもぞする |
小倉百人一首 歌番号=89
しょくしないしんのう
式子内親王 (新古今集)
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
忍ぶることのよわりもぞする
たまのをよ たえなばたえね ながらへば
しのぶることの よわりもぞする
《我流抄訳》
わがいのちよ
絶えてしまうのなら
絶えてしまえ
生きていると
わたしのこころが
弱くなって
忍ぶ想いに
堪えられはしない
《我流意訳》
わたしのいのち
長らえるより
終えられるなら
終えてしまおう
このまま
生き続けたら
わたしには
この思い
隠しおおせない
《内緒話》
しょくしないしんのう
式子内親王 (新古今集)
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
忍ぶることのよわりもぞする
たまのをよ たえなばたえね ながらへば
しのぶることの よわりもぞする
《我流抄訳》
わがいのちよ
絶えてしまうのなら
絶えてしまえ
生きていると
わたしのこころが
弱くなって
忍ぶ想いに
堪えられはしない
《我流意訳》
わたしのいのち
長らえるより
終えられるなら
終えてしまおう
このまま
生き続けたら
わたしには
この思い
隠しおおせない
《内緒話》
玉の緒は、首飾りの玉の紐。そのいのちの紐が切れるなら切れてもいい。玉がばらばらに飛び散ってもいい。秘めた恋を隠し通せる自信がないから、このまま生き長らえるより、命を終えてしまえばいいなんて、とても激しい心を詠んだ歌ですね。そこでぼくは考えこんでしまいます。このひとはほんとうに、命に代えても隠さなければならない、それほどの人知れぬ恋を堪え忍んでいるのでしょうか。この歌は歌会のために詠まれた歌。その題が「忍ぶる恋」だったそうですから、現実ではなく作歌上の空想に過ぎなかったのかもしれません。
この歌の作者、式子内親王(しょくしないしんのう)は、後白河院の第三皇女、内親王です。しかも病気で退下はしましたが、賀茂の斉院(かものさいいん)になったほどの清らかな女性で、人目につくような恋の話もなく、結婚の経験もありません。そのような高貴な女性がもし、ほんとうに禁断の恋に悩んでいるとしたなら、そのような淫らな気持ちは、「玉の緒よ 絶えなば 絶えね」命がはり裂けても、世に知られてはなりません。仮に恋人がいたとしても、いなかったとしても、式子内親王のイメージは「内に秘めたる恋、忍ぶ恋」で決まりですね。藤原俊成、定家親子に和歌を学びました。その定家が内親王に恋心を抱いていた、なんて話もあるようです。
この歌の作者、式子内親王(しょくしないしんのう)は、後白河院の第三皇女、内親王です。しかも病気で退下はしましたが、賀茂の斉院(かものさいいん)になったほどの清らかな女性で、人目につくような恋の話もなく、結婚の経験もありません。そのような高貴な女性がもし、ほんとうに禁断の恋に悩んでいるとしたなら、そのような淫らな気持ちは、「玉の緒よ 絶えなば 絶えね」命がはり裂けても、世に知られてはなりません。仮に恋人がいたとしても、いなかったとしても、式子内親王のイメージは「内に秘めたる恋、忍ぶ恋」で決まりですね。藤原俊成、定家親子に和歌を学びました。その定家が内親王に恋心を抱いていた、なんて話もあるようです。
by kumamotoyukioch
| 2018-10-08 18:26
| 文学