はなぞむかしの かににほひける |
きのつらゆき
紀貫之 (古今集 )
人はいさ心も知らずふるさとは
花ぞ昔の香に匂ひける
ひとはいさ こころもしらず ふるさとは
はなぞむかしの かににほひける
《我流抄訳》
なつかしいふるさと
人の心は変わるとも
梅の香りは
むかしそのまま
《我流意訳》
さあ、どうでしょう?
あなたのお心は
わかりませんが
こちらの梅の花は
昔とおなじ
いい香りがします
《内緒話》
久しぶりの店だった。テネシー・ワルツ、かけてくれる?
あらしばらくね、どこで浮気してたのかしら? 元気だった? お店、あのころとちっとも変わらないでしょ? そっか、あれ以来…ね。あのひと、なんでもなかったのに。
長谷寺へ参詣するたびに泊まっていた宿に、何年もしてから訪れてみたら、宿の女主人が「久しくお見限りでしたが、このお宿は昔のままですよ」と言った。そこでわたしは、あたりの梅の花を折って詠みます。「人の心は移ろいやすいものだから、昔のままのあなたなのか、わたしにはわからない。けれども、なつかしいこの里には、たしかに昔と同じ梅の花の良い香りが漂っています」。
参考書によると、宿のあるじが「宿は昔のまま。なのにあなたは変わってしまわれた」と言うので、わたしは「そう言うあなたはどうなんです?あなただって、わたしのことを、忘れていたのじゃありませんか?」と切り返したという解釈があるようです。男の誘いに女が返す皮肉たっぷりの歌をよそおっていて、それがおもしろいと言うのですが、ぼくはもっと素直にやさしく受けとめたいと思います。